「イクボス」とは、部下や同僚のワークライフバランスの向上を目指し、個人のキャリアを応援する上司のこと。
「イクボス」の「イク」は「育児」ではなく、「育てる」の「イク」で、部下を育て、組織を育て、自らも育つボス・上司であることを指します。
ファザーリング・ジャパンでは、従業員それぞれが育児をしたいと言っても上司の理解がないと進まないと考え「イクボス」の育成を進めてきました。
今回はプロジェクトのひとつである「イクボス企業同盟」の結成10周年を記念して行われたイベントのレポートをお届けします。
育休取得率30%突破の裏にイクボスあり

パパしるべ編集長のジョージです。
去年発表された最新の男性の育休取得率が30%を超えました。
「笑っている父親を増やす」ことをミッションに活動してきたファザーリング・ジャパンにとっては、大きな成果を感じられる結果です。
その育休取得を推進するために欠かせないと考えて取り組んできた、育児や介護などに理解のある上司・経営者の育成を目指したのが「イクボスプロジェクト」です。
プロジェクトの一環として、この思いに賛同してくれた企業とともに結成した「イクボス企業同盟」は昨年10周年を迎え、2025年2月25日レオパレス21で10周年記念イベントを行いました。
「男性の子育て」と「女性活躍」のこれからを考えることを目的としたこのイベントでは、イクボスプロジェクトを進めてきたファザーリング・ジャパンのメンバーだけでなく、その実践に尽力している企業や行政から様々なキーパーソンが登壇し、それぞれの経験や感じてきたことを基にこれからに向けた熱い思いが語られました。
イクボス研修の実証研究の成果は?

FJ理事林田香織さんの進行で進んだイベントは、東京大学の山口慎太郎教授の基調講演が基調講演からスタート。
各国の調査データを基に育休がもたらす変化について言及。
例えば日本に先駆けて育休改革を行ったカナダのケベック州では、育休を取った男性が3年後の家事育児時間が2割増えたと言います。
しかも取得期間は5週間と、極端に長いわけではないからこそ驚きです。
その他にもスペインでは子どものジェンダー観に影響していたり、アイスランドでは離職率が低下していたりと興味深いデータの数々が伝えられました。

一方で、日本の育休についても調査データを紹介。
育休取得で心配される所得については、取得後の収入がどのくらい減っているか?という調査で、わずか2%の減少にとどまること。
それも育休取得の影響ではなく、残業を減らすなど、家庭中心の生活になることが要因と分析しました。
また、山口先生がファザーリング・ジャパンと共同で行った「イクボス研修は職場を変えるか?」という実証研究の結果についても言及。
研修を行った結果、様々な変化が見られました。
中でも「同僚や上司が育休に肯定的だと考えるようになった」という人が増えたのは、取らない理由のトップが「取得しづらい雰囲気がある」の日本において非常に好影響は変化でした。
さらに研修後「育休制度について調べた」という人が大幅に増え、行動にも変化を生んだことという結果など、イクボス研修の有効性を語られました。
「一人の取得が次の一人を生む。ユニセフが世界一と認めた日本の育休制度を文化に変えるためにはイクボス研修を行うことやトップのメッセージで組織を変えていくことが重要」
山口先生
イクボスの副作用とは?

2014年12月に行われた、「イクボス企業同盟」の発足式に参加したのはわずか11社。
それから10年の間に幅広い規模の企業が参画し、地域版も含めると参加企業は3,000社を超える規模となりました。
また、企業の枠を超えて自治体にも影響は及び、知事や市長といった首長の多くもイクボス宣言に至っています。
川島さんからは10年の歩みの中とともに、改めてイクボス10か条をはじめとするポイントや必要性が語られました。
また一方で副作用ともいえる弊害として、育休取得による他の社員へのしわよせや管理職の疲弊、数合わせ的な取得、そしてゆるい職場の雰囲気に繋がってしまうと話しました。
現場に立ち続けた川島さんだからこそ感じるポジティブな部分だけではない現状を踏まえ、これから先にやってくる「大介護時代」も見据えた未来への提言が伝えられました。
イクボスを支えてきたメンバーが見た「男性の子育て」

男性の子育ての現在地
続いてはパネルディスカッション。
第1部 『男性子育て「これから」のカタチ』には以下のメンバーが登壇しました。
登壇メンバー
- 積水ハウス(株)代表取締役 社長執行役員 兼 CEO 仲井嘉浩 氏
- サイボウズ(株)執行役員 人事本部長兼法務統制本部長 中根弓佳 氏
- サイボウズ(株)代表取締役社長 青野慶久 氏(動画出演)
- 厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員会座長
- 認定特定非営利活動法人フローレンス会長 駒崎弘樹 氏
- こども家庭庁 参事官 中原茂仁 氏
モデレーターはファザーリング・ジャパンの塚越学副代表。
川島さんとともにイクボス啓蒙に尽力してきたメンバーです。

こども家庭庁の中原さんは、令和5年にこども大綱が出されて以降5年計画で各省庁と調整しながら進めている取り組みや、ここまでの歩みについて発表。
こども、子育てにやさしい社会づくりを目指す「こどもまんなかアクション」を広げるための発信についても積極的に行っている現状を語りました。

具体的な数値目標を掲げて進んでいるこども家庭庁では、まずは自分たちから始めていこうとこども家庭庁内でも育休だけでなく勤務間インターバルの確保など、働き方を改善する取り組みも行っているそうです。
一方で、こども家庭庁のホームページのユーザー属性を調べてみると、あくまで推測値ではあるものの、圧倒的に女性が多い現状がありました。
まだ男性が自ら調べようと行動していない現状もわかったということで、課題として挙げられました。

2011年にスタートした厚生労働省のイクメンプロジェクト推進委員会で、座長を務めるNPO法人フローレンスの駒崎さんは、スタート当初「イクメン」という言葉に違和感を抱いていたという自身の思いや、その思いに反して言葉が広まったことからフェーズの変化を感じているということでした。
イクボス企業同盟結成時の11社のひとつであるサイボウズからは、所用で登壇が叶わなかった青野代表からの動画メッセージが届き増田。
会場には自身も子育て中だったことから「青野が育休を取って一番恩恵を受けたのは自分」と自負する執行役員の中根さんが登壇。

今でこそ多様な働き方ができる企業と広く知られるようになったサイボウズが、もともと人材獲得に苦戦し、働き方を広げてきたという意外なエピソードを披露。
チームの生産性とメンバーの幸福を両立させることを目指し、育児を特別にしないこと、イクボスも特別ではなく当たり前の存在にするといった現在の思いを語りました。
2018年9月から3歳未満の社員全員が育休1か月以上を取得する取り組みが、社会にも強いインパクトを与えた積水ハウスからは、まさにその特徴的な取り組みのきっかけを作った中井社長が登壇。

「わが家を世界一幸せな場所にする」というグローバルビジョンのもと、2019年に制定した9月19日の「育休を考える日」の取り組みは154の企業や団体が賛同し、育休の推進を広げています。
中井社長自身、北海道から鹿児島まで120の支店を視察した際に、男性社員たちから育休の報告と感謝の言葉をかけられたことから「やってよかった」と手応えを感じているそうです。
トップランナーが考える男性の子育てのこれから
駒崎さんは、変化を感じているものの昔ながらのジェンダー観が残っていると感じることも多く、そこに切り込んでいく必要性について熱弁。
これまでの子育て支援が女性の支援になっていたことから働き方に及ぶものになっていくことや、言葉だけでなく、勇気をもって実行していくことが大切であり、「イクボスが当たり前になり、その言葉がなくっていく未来になればいい」とビジョンを語りました。
それを受けて、こども家庭庁の中原さんは働き方について、厚生労働省と連携して残業を減らしていくことを目指すと言及。
また一方で、育児だけでなくいろいろな事情についても寄り添うことで、若者たちが働き方や生き方を自分で選べることを応援し、「どの方向にいっても楽しいよ」と伝えていくことで、いろいろな形の「こどもまんなか」を実現していくという理想を掲げました。
サイボウズの中根さんは、育休やイクボスの広がりが都市圏にとどまっていて、地方にはまだ昔ながらの文化が残っているためなかなか広がっていないと指摘。
その状況を打破するためには、ひとつの企業だけでなく仲間を作って輪を広げていくことが大切だと話しました。
積水ハウスの中井社長もその仲間で輪を広げていくことに賛同。
そのうえでマネージメントについては「その人の人生、生き方、家族が一番大事という認識をまずボスが持つこと」と言い「すべてが子どもの幸せを考えればきっと幸せな世の中になるはず」と目指す未来の形について語りました。
勇気をもって一歩踏み出すことが、周りに波及すること。
そしてその波及をブーストさせるためにも仲間を集めて、より大きく広げること。
まさにイクボス企業同盟が進めてきた取り組みが、これからもなお必要であると再認識させられる形になりました。
イクボスは女性活躍にどんな役割を果たすのか?

会場では、この日届いたこども家庭庁担当の三原じゅん子大臣からのビデオメッセージが流されました。
その中では、少子化対策やこどもまんなか社会を目指す上でイクボスが重要であるとした上で、男性の家庭進出が進むことで女性の活躍に繋がることが強調しました。
直後に続いた後半のパネルディスカッションのテーマは、まさにその「女性活躍」。
これまでとこれからについて、現役の女性管理職の方々とトークを展開しました。
モデレーターはファザーリング・ジャパンの山口理栄さん。
壇上の進行は、イクボス企業同盟のメンバーでありジャーナリスト、相模女子大学大学院特任教授の白河桃子さんです。

今回、パネルディスカッションに登壇したのはイベントが開催された2月にはルネサンスで副社長を務め、春からは新たに代表取締役社長に就任した望月美佐緒さんと、会場をお借りしたレオパレス21の取締役常務執行役員を勤める早島真由美さんのお二人。
それぞれが所属する企業で女性活躍を推進し、支えていくための取り組みについて経験を元にお話しいただきましたが、共通して挙げた課題は、やはり女性管理職の少なさ。
冒頭、白河さんは、「高等教育を受けた女性がどのくらい経済的なリターンを得ているか?」を調べた各国の比較調査の結果で、日本は世界的に見て極めて低いというデータを示してくれました。
日本の女性たちはまだまだ発揮できるポテンシャルがあるにも関わらず、いまだ実際の登用が進んでいない現状が改めて浮き彫りになりました。
また、白河さんは関わってきた企業の経営層から「女性を管理職にしたいけど、なりたがらない」という相談されるケースが多いそうで、その点について二人に聞くとこんな答えが返ってきました。
やりたくない…その思いを変えたきっかけは?
管理職登用の辞令を受けた際、「なんで私がこんな目に遭うんですか?」と返したというルネサンスの望月さん。

トレーナーとして現場を大事にしてきたこともあり、当時はそのくらいやりたくなかったそうです。
その考えを変えたのは「筋肉は負荷をかけて大きくする。人もまた負荷がかかる中で大きくなっていく」という上司からの言葉でした。
気持ちを切り替えた望月さんは、役職には興味はないけど、生き方としてやるべきだと思ったと振り返りました。
一方、レオパレス21の早島さんもまた「躊躇した」と言います。

管理職は部下の生活にも関わる思い職責があり、とてもじゃないけど自信がなかったそうです。
そんな早島さんに対して上司は「女性初になってあなたが変革すればいい」と伝えました。
女性が働きやすい環境を作るには上にいく必要があり、ロールモデルになることもできる。
また経営に女性目線が必要なので、切り拓いて女性管理職が当たり前になっていくことを目指していることを伝えられ、前に進むことを決めたそうです。
二人の躊躇する気持ちを変えたのが、男性上司だったことも共通していたのです。
これには白河さんも、管理職登用について「男性も自信があるから受けているわけではない」とした上で、「女性は特に慎重になる傾向があるから、その背中を押す上司の言葉や存在が重要だ」と話し、改めてイクボスが女性活躍にも寄与していることを強調しました。

多くの方の協力のもと、10周年記念イベントは滞りなく終了しました。
大きなテーマとなった「男性の子育て」と「女性活躍」について、イベント全体を通じてイクボスの存在が大きく影響していることが感じられたのではないかと思います。
イベントの中でも、誰かが勇気をもって踏み出し、仲間を広げていくことが大事だという話題が出ました。
11社が勇気をもって始めたイクボス企業同盟という取り組みが、多くの仲間とともに広がっていることこそ、まさにその大事なことを体現していると思います。
男性の子育て、女性活躍について社会が本格的に目を向けてきた今こそ、その存在感をさらに大きくしていくチャンスです。
起きている波を止めないようにともに進めていきましょう!