新型コロナウイルスの感染拡大以降、いまだにマスクをつけた生活が日常化しています。
それは保育の現場でも同じ。
果たして保育士の色マスク着用は、保育現場での子どもの発話環境にどのような影響を与えるのでしょうか?
今回は同志社大学の赤ちゃん学研究センターと共同で研究を行った、東京都江東区にある「わくわくbase亀戸」の保育士、石川大晃さんに研究結果を伺いました。
保育士のマスク着用で子どもの発達に弊害はあるのか?
そもそも石川さんがこのような研究を行ったのは、どういうきっかけがあったのでしょうか?
保育士のマスク着用が必須となった影響で、現場の感覚として、子どもたちとの会話が上手くいかない場面が増えたように感じていました。
ただその時点では『口が見えないことで子どもたちに弊害があるのか?』という漠然とした疑問だったのですが、そんなタイミングで、同志社大学が新型コロナウィルスに関連した共同研究を募集していることを知り応募しました。
確かに、口元が見えない状況というのは大人同士でもコミュニケーションが取りづらく感じることがあります。
それが発達段階の子どもたちにとって何かしらの影響があるのではないか、と考えるのは割と自然なことだと思います。
また、今回の研究にはこんな背景もあったのです。
特に保育園に通っている子どもたちのうち0歳から2歳くらいの子は、ちょうど言葉を覚えていく段階、いわゆる“言語獲得期”です。
でも、その期間の大人のマスク着用による乳幼児との会話の影響について、当時はまだまだ注目されていませんでした。
また、研究を実施した2021年はマスク生活が当たり前になって1年程度でしたから、マスクに関する研究が少なかったということもありますし、どうしても研究者としては容易にできる実験室で行うような研究が多くなります。
私たちは現場という日常に近い環境で行うことで、大人と子ども、子ども同士といった実験室では得ることができない結果にたどり着けるのではないかと考えました。
石川さんたちが行ったのは保育士が、業務として行う子どもたちの食事のお世話の際に、保育士がつけるマスクの色をランダムに変えて、子どもたちと保育士の発話がどのように変化するか?という調査です。
用意したマスクは4種類。
もっとも一般的な「白」医療現場などでよく見かける「青」(水色に近いもの)近年つける人が増えているカラーマスクの中でも特徴的な「黒」そして、比較対照として口元が見える「透明」です。
0~2歳の「乳児クラス」と年少~年長の「幼児クラス」でわけて、いつも通りの食事の時間を過ごしているところを撮影。
その後、マスクの色ごとにランダムで分析対象の子ども(児)を選び、対象児の発話を4つの発話パターン(保育士→児、児→保育士、児→他児、他児→児)に分類した上で、一般的に多く使用されている白マスクと統計的に比較する形で、それぞれのマスクとの発話(パターン)の頻度の違いの分析を行いました。
果たしてマスクの色によって変化はあったのでしょうか?
透明なマスクが子ども達に与えた、意外な研究結果
まずは、幼児クラスの調査では、どんな傾向が見られたのでしょうか?
研究結果(幼児1期・2期)
1期と2期にわけて調査を行ったのですが、1期の結果をみると、保育士の口元が見える透明マスクの時は、子ども同士の発話頻度が少なかったです。
この子ども同士の発話は黒と青のマスクで多くみられて、白のマスクよりも多かったです。
一方、第2期では青と透明、白のマスクでは大きな違いはなくて、黒のマスクだけ、子どもが発話することが多くなりました。
勝手なイメージでは、透明なマスクをしていると、子どももよく話すのではないかと思いましたが、幼児クラスにおいては反対に子どもが話す頻度が少なかったとのこと。
これはちょっと意外ですね。
しかも、一般的ではない黒と青マスクの方が(特に黒マスクでは時間が経過しても)、子どもが多く話したとは驚きです。
一方で、乳児期の調査ではどんな傾向が見られたのでしょう。
研究結果(乳児1期・2期)
幼児同様1期、2期と分けて調査をしましたが、乳児の場合、当然幼児に比べて発話することが少なくなります。
全体的に見て、透明なマスクをしている時に子どもからの発話頻度多くなりました。
一方で、黒や青のマスクをつけているときの特徴は“子ども同士が発話する頻度が少ない”ということと、“保育士から子どもに対して話しかける頻度が多い”という結果がでました。
乳児は保育士が透明のマスクをしているときの方が、子どもがよく話し、黒と青のマスクの時は話すことが少ないという、幼児とは正反対の結果。
同じ子どもでも年齢によってここまで結果が変わるのは意外でした。
また、透明のマスクをつけている時ですが、口元が見えている保育士に向かって話す機会が増えると予想する人が多いかもしれませんが、そこは他のマスクとそこまで極端な差はありませんでした。
むしろ差が出たのは “子どもが話す頻度”。
つまり子ども発信の発話頻度に変化が見られたんです。
確かに、保育士のマスクの違いによって、保育士と子どもたちのやりとりに変化が見られるのは理解しやすいところですが、子ども発信の発話頻度変化が出るのは、これもまた意外に感じます。
最後に研究を通じて石川さんはどのように感じたのでしょうか?
結果としては、言語を習得していく0歳から2歳の子どもにおいては、透明なマスクの優位性が示唆され、黒・青・白マスクはマスクの色関係なく口元が隠れること自体が言語体験の豊かさに貢献しづらい事が示唆されたと感じています。
他の方の研究では、音声模倣は、大人の口元の動きを見ることと関連しているという結果も出ています。
それを踏まえて考えると、言語獲得期においてはマスクをせずに口元が見えることが、コミュニケーションを促すきっかけ、スイッチのようなものになるのかもしれません。
社会環境をみると、日常的にマスクをせずに会話ができるのは家の中だと思いますので、ぜひパパやママは普段から口元が見える状態でのコミュニケーションを大切にしてほしいなぁと思います。
マスクをしないことが当たり前の社会に戻ることはなかなか想像しづらい中で、子どもの言語獲得や発話についてはマスクをしない家の中での過ごし方が重要になってきそう、ということが改めてわかったように感じます。
このような背景を知ると、少し心がけも変わってくるのではないでしょうか。
石川さん、貴重な研究結果を教えていただき、ありがとうございました。
2021年度 特別研究課題 成果発表動画
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