パパに聞く!もしあなたがアカデミー賞のウィル・スミスだったら!?

先週、アドラー心理学の熊野さんの記事でもピックアップした、先日のアカデミー賞授賞式での出来事。

記事はこちら

妻を侮辱され、プレゼンターを平手打ちしたウィル・スミスの行動について、パパたちはどう感じているのか?

そして、自分がもし同じ立場だったらどうするか?

公式LINE「パパしるべ総研」のメンバーに、リアルに感じたことを聞いてみました。

ウィル・スミスの気持ちはわかるけど...

世界中で賛否両論が巻き起こり、結果的には両者ともに謝罪をして、手をあげたウィル・スミスは自らアカデミー会員を辞めることで決着しました。

しかし、「家族が侮辱される」というシチュエーションは我々にも起こりえることです。

今回は、自分事として考えてみるきっかけとして、皆さんに率直な感想や意見を聞きました。

まずは、ウィル・スミスの取った行動について、あなたは共感できるか?聞きました。

ウィル・スミスが取った行動に共感できますか?

部分的に共感できる:77.4%

共感できない:12.9%

とても共感できる:9.7%

それぞれの思いは別としてアンケートの結果としては、大方皆さんの予想通りかもしれません。

この出来事を取り上げたメディアも、こういった論調が多かったように感じます。

では、具体的に答えた理由はどうだったのでしょうか?

とても共感できる

  • あれだけ公然と身内を侮辱され、それも本人に非のない身体的特徴をあげつらったものであれば怒るのは当然。
  • パートナーを守るところが共感できた

共感できない

  • 家族に対する侮辱的な発言に憤慨する気持ちは理解できます。ただ、言葉で反論をすべきかと。どのような場面であっても、暴力は正当化されてはいけません。
  • 先に手を出した方が負けだからです

部分的に共感できる

  • 基本的に正当防衛でない限り、暴力は肯定されるものではないから。
  • 愛する人のことを傷つけられたなら、何らかの行動をとっても不思議じゃないから。身体的暴力は確かにだめだけど、先に言葉の暴力があったのでわからなくもない。
  • 感情的にはとても理解できる。相手が自分の家族の悩みや苦しみを知った上の発言なら容赦出来ない。だが、事実は自分が思うほど相手は自分たちのことを知らないということを理解する必要がある。だから部分的に共感できる。
  • 公の場での行動、発言は意思を示す場として良いと思う反面、行き過ぎた行動とも思うため
  • 大事な家族のことを揶揄されていい気持ちではないから。手を出してはいけないと思う反面自分もやってしまいそう。
  • 憤りや気持ちは夫として素晴らしい。ただ、表現方法が現代的ではなかった。耳元でいい加減にしろ、で去るべきだった。ただ人の感情はそう簡単に抑えられるものではない。
  • 理想はスマートに流すことですが、家族の容姿ましてや、悩んでいることを話題した側が大問題である。

どの回答をした方々も、概ね心情的な部分については肯定的。

ただし、「共感できない」「部分的に共感できる」とした方は、手をあげたという行為についての否定的な判断の度合いによって回答に差が出たように感じます。

コメントの中にも「正当防衛なら」というものがあったように「先に手を出したら負け」という考えは、かなり多くの方に浸透しているものだと感じますし、今回も多く寄せられました。

一方でプレゼンターの言ったことを「言葉の暴力」という表現しているコメントもあり、またメディアでも多くの方が語っていましたが、これを受けての暴力は正当防衛にはあたらないのか?というところではモヤモヤが残る人もいるかもしれません。

「公の場」ということを重視したコメントも多く見られました。

今回の出来事が、誰も見ていないプライベートな場面ではなく、世界中に中継されているハレの舞台であったことも、手をあげるという直情的な行為を控えなければいけないという気持ちに繋がったとも考えられます。

「自分が思うほど、相手は自分たちのことを知らないということを理解する必要がある」

という考えも、なるほどと思いました。

もちろん悪気がないからいいということではないですが、少しだけ怒りを抑えるポイントになるかもしれません。

じゃあ、あなたならどうする?

ここまでは、起こった出来事についての分析の側面が強いと思いますが、今度は自分事として考えてみた結果です。

パパたちに聞いた「もしも、あなたがウィル・スミスだったら」

  • ビンタしに壇上に上がることまではしないと思うが、立ち上がって不快感と抗議の意思を表明することぐらいはすると思う。
  • ステージに立ち話すことができるように発言し、侮辱的な言葉を撤回してもらうように伝える。
  • ブラックジョークで返す。
  • 妻と共に会場から去ります。
  • アカデミー賞の場ではグッと堪えて、終わった後に謝罪を要求する。
  • 怒鳴っていたかもしれない。
  • その場で、言葉で抗議する。場合によっては法的手段をとる。
  • 相手からマイクを奪い、自分が相当な怒りを覚えていること、発せられたブラックジョークがアカデミー賞の品位にそぐわないものであること、もし会場の皆がそれを許容すると言うのなら、ノミネートを辞退し、過去の受賞も返還する意向であることを会場に訴える。
  • 衝動的に手がでてしまうと思う。
  • 殴っていると思う。負けを承知で。

やはり、もっとも多いのは「言葉で抗議をする」というものでした。

その場なのか、後日なのか、言葉だけなのか、法的手段をとるのか、などタイミングや方法はそれぞれですが。

ただ、印象的だったのは、「部分的には共感できる」としていた方の中でも、手を出してしまうかもしれないと答えている方が結構いたことです。

頭の中ではわかっていても、行動にまで移す自信はなかなか持てない部分もあるでしょう。

また、このようなコメントもありました。

  • あの場でマイクを持って、今の発言でとても傷付けられた。と話すのが良いと思う。ただし、自分にはそんな行動力はないかな…。
  • グラスの水をぶっかけるぐらいはしたいなぁ。でも、実際はその場では何もできず、後で正式にクレームを入れることしかできないかも。
  • 正直分からない。抗議しようと思うが、その場とするか後にするか迷ってるうちにタイミングを逃してしまいそう。

方法がどうか?という論点よりも前に、そもそも自分が思ったように行動に出られるか?という部分の不安が見えたものもありました。

改めて考えてみると、確かにそういう部分はあるかもしれませんね。

最後に、今回の一連の出来事について自由に感想を聞きました。

  • 最近は「いかなる場合も暴力に訴えるのはNG」という意見が世の多数派のように語られがちですが、個人的には時と場合によると考えます。親としては、萎縮して自分を大切にできない子に育ってほしくはないです。
  • 暴力はいけないのは理解しているけど、言葉の暴力を容認したくはない。パートナーを守るためのアクションだったと思うので、私はウィル・スミスさんのアクションを指示します。
  • 個人を攻撃するブラックジョークは今の時代にそぐわない。また暴力もそぐわない。どちらも子ども。
  • そもそも、アカデミー賞でブラックジョークが当たり前だし、ウィル・スミス夫妻は夫婦ともに不倫を公言していて愛情深い夫婦というよりビジネス夫婦というイメージ。文化的背景や文脈を伝えず切り抜き動画のように一部だけ伝える報道について国内外問わず問題だと感じるし、一次情報を得ることの重要性を子供に伝えたいと思う。
  • 容姿を揶揄することは、ハラスメント。暴力は、犯罪。どちらも非難されるべきですが、比べるべきものではない。と思います。
  • 怒りが出てしまうのは仕方ないが、我慢もできない…アンガーマネジメントは大事だと感じました
  • 結局は暴力行為として責められている状況に同情します。
  • 自分だったら、の答えが出ずにずっとモヤモヤしています。
  • 賛美するのも、批判するのも危険。
  • 誰も傷つけないようなブラックジョークはない。大多数が笑っていても、必ず泣いている人がいる。
  • 暴力と言う方法論は間違えていると思います。ただ、暴力に至るまでの過程は共感できる。会場で笑っていた人もちょっと許せない。人の容姿などジョークにして良い話題、良くない話題をきちんと考え、判断できる様な世界になって欲しいです。
  • これに限らず、日本でも、似たようなケースが多いと思う。そしてイジられた側もそれに対して声を上げない。よくある「うちの妻は本当不出来で〜」とか、必要以上に自身を下げてしまうようなカルチャーも、そうしたイジりに拍車をかけている気がする。大切な人だからこそ、そんな目にあった時にどうするか。それを今この機会にみんなで考えるキッカケになればいい。

様々な感想が届きました。

少なくとも言葉だろうが、実際に手をあげようが、心も体も傷つけるような行動は暴力であり、やってはいけないことであるという考えは共通していると思います。

それが全くなくなるということはなかなか難しいかもしれませんが、まずは自分たちから考えて行動できるように心がけていくことが大切だと感じました。

今回も、ご協力いただき本当にありがとうございました!


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